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WACCA × 松井えり菜 インタビュー
WACCA ART 関係者インタビュー
生活の中にアートがあるということ
——地域に暮らし、表現を続ける視点から見たWACCA
松井えり菜氏は、アーティストとして全国で活動する一方で、池袋エリアに暮らす生活者でもあります。
制作と生活、表現と地域。その両方を同時に担う立場からWACCAと関わってきた存在です。
展示や制作の現場だけでなく、日々の暮らしの中でWACCAを見てきた経験が、松井氏の言葉には色濃く表れています。
今回は、松井氏に、アーティストとして、そして地域に暮らす一人の生活者としてWACCAをどう見てきたのか、日常の延長線上にアートがあることの意味について、お話を伺いました。

表現者であり、地域に暮らす一人として
松井氏がWACCAと関わるようになった背景には、かつて池袋にあったアートの文脈を汲み取る「パルナソスの池」としての制作活動だけでなく、「暮らしている場所としての池袋」があります。
表現の場として池袋に関わる以前から、この街は生活の拠点であり、日々の動線の中に自然と存在していました。
実はWACCAの7周年の展示にパルナソスの池として参加する以前から、WACCAは松井氏にとって日常の動線の中にある場所でした。
用事があって立ち寄る場所、少し休憩をする場所として、特別な意識をせずに足を運んでいたといいます。
「特別な場所というより、生活の中で自然と立ち寄る場所、という感覚がありました」
美術館やギャラリーのように、目的を持って足を運ぶ場所とは異なり、WACCAは買い物や休憩のついでに通る空間です。
その距離感が、松井氏にとっては心地が良く面白かったと言います。

「まちが人を作る」という視点
「まちは人が作る、という言い方をよく聞きますが、逆に“まちが人を作る”ということもあると思っています」
松井氏はそう話します。
まちの中に何があるか、どんな風景が広がっているかによって、人の振る舞いや視線は変わっていく。
その積み重ねが、人そのものの在り方にも影響を与えるのではないかと感じているといいます。
アートがあることで、まちを歩く人の顔が少し上がる。
下を向いて歩いていた人が、ふと足を止めて周囲を見るようになる。
そうした小さな変化が積み重なることで、まちの空気そのものが変わっていくと感じているといいます。
「顔が上がる人が増えると、自然と治安も良くなっていくと思うんです。そういう循環が生まれるといいなと思っています」
WACCAにアートがあることは、作品を見るためだけではなく、まちの中で人の振る舞いが少し変わるきっかけになっている。
松井氏は、生活者として、そうした変化への可能性を日々の中で感じ取ってきました。
続けることの価値と、7周年という時間
松井氏は、WACCAのアートの取り組みが、自分たちが関わった7周年の展覧会をきっかけに、その後も継続していることについても触れています。
一度きりのイベントではなく、時間をかけて続いてきたからこそ生まれている信頼や空気があると感じているからです。
「まずは『続けている』ということ自体がすごいことだと思っています。だからこそ、これからも、それが続くことを期待しています」
アートの取り組みは、一度やって終わりでは意味を持ちにくい。
本来は美術館などの公共機関が担うことも多い領域を、商業施設という立場で続けている点に、松井氏はユニークさと可能性を見出しています。

そして、この時間の積み重ねこそが、WACCAの大きな価値だと考えています。
7周年エスカレーターペイントでの反省

7周年の企画として行われたエスカレーターペイントについて、松井氏は率直な反省も語っています。
「実は、ちゃんと描こうとし過ぎてしまったな、という反省も少しありました(笑)」
完成度を意識するあまり、自由さが少し失われてしまったのではないか。
その経験が、次の取り組みを考えるきっかけになりました。
「うまく描くこと」よりも、「どう関われるか」を考える視点へと、意識が移っていったといいます。
子どもたちとのワークショップでの発見
その反省を踏まえ、松井氏は子どもたちとのワークショップで、「ちゃんと描く」ということ自体を問い直すようになったといいます。
「例えば、足で描くようにすると、描ける子と描けない子の違いがなくなるんです」
手で上手に描くことが前提でなくなると、自然と表現のハードルが下がり、結果として思いがけない面白い絵が生まれる。
描くことに慣れていない子も、ためらうことなく参加できるようになり、その場にいる全員が同じスタートラインに立てる感覚が生まれたといいます。
その発見は、WACCAでの経験があったからこそ生まれたものだと松井氏は感じています。

「WACCAでの反省や気づきが、子どもたちとのワークショップにつながっています」
表現のハードルを下げることで、参加する人それぞれの個性が自然に表に出てくる。
その感覚は、松井氏の中で、表現と地域をつなぐ大切な視点として残っています。
これからWACCAで挑戦する人へ
池袋は人がとても多い街ですが、松井氏は「意外と人が交差しない街」だとも感じています。
それぞれが目的地に向かって移動し、すれ違っても関係が生まれにくい。
人の数と、人と人との接点の少なさが同時に存在している街だといいます。
「そんな中で、WACCAは人が交差する場所になっていると思います」
買い物や休憩、通り抜けの途中で、偶然同じものを見る。
そこにアートがあることで、立場や年齢の違う人たちが、同じ方向に視線を向ける瞬間が生まれます。
言葉を交わさなくても、同じ空間で何かを共有しているという感覚が、その場に立ち上がる。
松井氏は、そうした小さな接点が積み重なることに、大きな可能性を感じています。
生活圏の中にアートがあることで、人の顔が上がり、周囲を見る人が増えていく。
その変化が、まちの空気や人の振る舞いにも影響していくのではないかと考えています。
アーティストとして、そして地域に暮らす一人として。
松井氏の言葉は、WACCAという場所が「生活の中にアートを持つ意味」を、静かに、しかし具体的に示していました。

