English

HOME > つながり > 池袋の街が輝いて見える、秘密の入り口

WACCA Archives

ー つながり ー

池袋の街が輝いて見える、秘密の入り口

自由学園明日館

池袋駅から徒歩5分。

この言葉から、どんなものをイメージするでしょうか?

多くの人は、西口や東口の駅前の賑やかな様子や、ビル群を想像されたと思います。ザ・池袋、ザ・東京という姿ですね。

しかしそんなイメージのある池袋駅から徒歩5分の位置に、国指定の重要文化財があるということは、あまり知られていません。

自由学園明日館は、メトロポリタン口から徒歩5分とは思えない静けさと、穏やかな雰囲気に包まれた住宅街の中に、突如その姿を現します。青々とした芝生の広がる庭がまず目に入り、次に、その後ろにある、少し変わった形をした建物に目を奪われます。

ベランダに布団が干されていたりする生活感たっぷりのエリアの中にあって異質な、気品さえ感じさせる姿は、別世界に迷い込んだような気持ちにさえさせてくれるほどです。

喫茶付見学の場合の見学料、600円を受付で支払い、太陽に照らされる芝生の美しさに心を洗われつつ、私は建物の中へと進んでいきます。

 入ってすぐに感じたのは、違和感でした。

学校ではあるのだけれど、私の知っている学校ではない。そんな素直な感想が、頭の中に浮かびます。

ひし形の窓に、変わった形をした椅子、天井は平坦ではなく、両端から真ん中に向かって高くなっていったりと、一つ一つが日本とは違うデザイン感覚で作られていることを感じさせるのに、何故か懐かしさも感じてしまう、そんな部屋が、明日館の中にはいくつもありました。


グレーでザラザラ、所々穴も空いている大谷石という石で出来た温かみを感じさせる廊下、使われた形跡の残る暖炉、大きな丸い電球カバー。

進めば進むほどに、私自身が思い描く学校とは異なるデザイン感覚と、なんとも言えない居心地の良さが混ざり合っていく不思議な感覚に包まれながら、建物の中をじっくりと、およそ1時間かけて巡りました。


その中には、建物の歴史についての資料が並べられた部屋もありました。

自由学園明日館は、大正10年(1921)に、知識の詰め込みではない、新しい教育の実現を目指した羽仁吉一・もと子夫妻の願いを込めて、設立されました。設計を担当した建築家フランク・ロイド・ライトは建築界の巨匠であり、当時の超売れっ子でしたから本来なら、無名の女学校について引き受けることはなかったと思います。しかしながら、ライトのアシスタントを務めていた遠藤新とのつながり、また、もと子の考えるこれからの女性のための教育理念に、ライトが深く共感するなどの奇跡の連続により、設計を担当することとなりました。

自由学園明日館から感じる不思議な雰囲気の正体は、これだったのです。

羽仁吉一・もと子夫妻の込めた願いと、アメリカ人建築家フランク・ロイド・ライトによるデザインの掛け合わせが、他の何処とも違う居心地の良さや安心感を、見るものに感じさせてくれるのです。

この場所で学んだ子どもたちにとっても、この環境がどれだけ良い影響を与えたか、容易に想像がつきます。

平成9年(1997)に重要文化財に指定された自由学園明日館は、保存修理事業を行った後、『建物は使ってこそ維持保存ができる』という考えのもと、使いながら文化財価値を保存する『動態保存』のモデルとして運営。見学のほか、セミナーやコンサート、結婚式など、実際に利用することの出来る重要文化財として、日々、様々なお客様を受け入れていながら、今に至ります。

明日館の中央にあるホールで飲み物とお菓子を注文し、ここまでインプットした 内容や感じたことを、実際の建物の中で味わい、頭の中でまとめていきます。

数十年前は実際に子どもたちが走り回っていた空間の中でコーヒーを味わい、当時と同じように差し込んでいるだろう日差しとぬくもりを感じながら、子どもたちの遊んでいた様子や暮らしていた様子を想像する――。

明日館の外の景色は、今とは随分違うのでしょう。しかし明日館の中では過去とつながり、考えを巡らせることが出来ます。

夫妻の想いについて考えを巡らせる人、ライトのデザインについて思いを馳せる人、当時を生きた人なら、当時を思い出すこともあるかもしれません。お子さんを持つご両親だったら、昔の子どもたちを思いながら、我が子の成長について想像することが出来るかもしれません。

どんなことを考え、思い描くかは人それぞれでしょう。

しかし、ただの建築物ではない、歴史を確かに積み重ねた建物の中で過ごしたからこそ感じること、味わうことの出来る時間が、自由学園明日館の中には、確かにあります。

自由学園明日館を後にしつつ、一つの言葉が思い出されました。

「建築とは、価値観の表現である」

とある建築家の言葉です。

建築とは、部品と部品を組み合わせた、無機質なものではないのです。

自由学園明日館にはライトの価値観が込められていたように、そして同時に、夫妻の願いが込められていたように、建築物は時に、人々の想いを乗せて運んでいく、大きな船となるのです。

建物自体が動くことはありません。しかし、時の流れの中に乗って、確かな価値観や想いを、後世へと伝えていくのです。

顔を上げると、数え切れないほどの家やビルが、目に入ります。

しかしそれらのほとんど全てに、人々の想いがこもっているのだと考えると、見え方が変わってきます。

この建物にはどんな想いがあるのか、あっちの建物にはどんな価値観が込められているのか。

無機質に見えていた建物は姿を消し、とても人間的なもの、見ていて楽しいものとなってくる――。

池袋の街がより一層、輝いて見えてくるのです。

その一歩にまずは、自由学園明日館に、脚を運んでみてはいかがでしょうか。

重要文化財 自由学園明日館

住所 〒171-0021 東京都豊島区西池袋2-31-3住所

お問合せ
電話:03-3971-7535
ファックス:03-3971-2570
メール:myonichi@jiyu.jp

アクセス
池袋駅メトロポリタン口より徒歩5分
目白駅より徒歩7分

記事:永井聖司(天狼院書店)


カテゴリー:つながり 


top